このような詩を見つけました!


     白鳥の村、六ヶ所        芳賀清一


踏まれた石は黙っている。踏まれたものが人であれば、手も足もあるので、戦う。
銃に素手で立向かって踏みつぶされた民族のかけらが、
石のように、痩せた谷や、荒野の果てに散らばっている。
新大陸が塗リかえられて五百年、北海道に人間が交替して百年、
今、本州の最北の小さな半島が呑みこまれようとしている。


青森県下北半島六ヶ所村尾鮫(おぶち)沼。
冬にはシベリアから来た七百羽の白鳥が湖面を埋める白鳥の村に、
日本の全部の原子力発電所から来た電気の糞を捨てようという。
チェルノブイリの数百倍の死の灰の放射能を、空に、地に、海に吐きだし、人の腹にのみこませる。


踏まれた石は黙っているが、人は手も足もあるので、戦わざるを得ない。
悲しや、手に、銃も、大砲も無ければ、声で戦う他はあるまいよ。
放射能は人を殺す。殺すことを知っていて持って来るのだから、あなたは私を殺しに来たのだ。
・・・・・・。


インディアンやアイヌを滅ぼすために使われて来た囲いこみの方法が、ダムの村に使われ、
やがて駅前から都市再開発の名のもとに、住民を掃きだし、空港をつくって農民を脅迫し、
今、下北半島で、柵のとなりに住民を置去りのまま、放射能のゴミ捨場をつくりだそうとしている。
しかし、人は石ではないし、インディアンでもアイヌでもない。
同じ言語を話し、同じ法に属しているからには、
先住民を征服するのとはわけが違うという点にあなたは気づかなければならない。
・・・・・・。


物語と科学はすでに人と放射能のゆくすえを知っている。
宇宙服を着なければ、建物と乗物の外に出れない。そんな日が、地球の上でもやがて来る。
すでに、列車や高層ビルの窓は閉ざされている。内部で人は管理された空気を吸って生きている。
部屋の空気にボンベから酸素を補給することがすでに始まっている。
電子部品の工場では巨大なフィルターが肺のような部屋を満たしている。
外の空気の塵を洗って、電子回路を死から守っている。
自然な空気はすでに、人間にとっても危険すぎるものにかわっている。


すでに地球には数百の汚染地がある。
チェルノブイリに、セミパラチンスクに、ネバダに、太平洋に、放射能の無人地帯が広がっている。
政府は真実を言わない。聞かれても、教えない。答えようとさえしない。
口をこじあけて言わせれば、嘘で答える。
政府を信じる人たちは救われない。
信じやすい人たちは、明日屠殺される豚たちほどにも自分の運命を知らず、放射能の中へ入ってゆく。
魚をすくい、牛の乳をしぼり、子供たちの皿に放射能を運ぶ。


放射能の新たな汚染地を決して増やしてはならない。
すでにあるすべての汚染地は正確に告白されなければならない。
青森県下北半島も、まだ健康な自然を守るべき場所の一つである。
この白鳥の村を、放射能で汚してはならない。


しかし、世界の奥から、大きな残酷が語りかける。
よろしい。あなたは死を選択するのがよかろう。
およそ老人は帰るべきところがある。年老いた民族のためにも墓場が用意される。
地球にあって、人類は毒であり、有害であり、
地球にとって最大の邪魔者であるなら、人類は放射能で全滅したほうがよい。


一人の人間もいらない。人間は死ぬが、全生物が死ぬわけではない。
地球はやがて、何度でも、緑によみがえってくる。
その地球に、人間は一人もいないほうがよいのだ。
よろしい。女はそのためにこそ、箱を開いたのだ。
それが無限の過去にあって、その女にさだめられた仕事だった。
そして、死が、プルトニウムが生まれたのだ。
死はすでにあなたの食卓にある。
それを食う以外、他にどんな食いものがあろう。
希望の他には。


 


 六ヵ所村の再処理工場から排出される放射能は並みの量ではなく、原発1年分の放射能をたった1日で放出すると言われていて、大気汚染や海洋汚染が深刻な問題として取りげられています。放射能汚染に対して工場周辺の漁業関係者や消費者が、再処理工場の稼動中止を求めて立ち上がり、それに賛同したミュージシャンや芸能人たちが、「放射能から海や食べ物を守れ!」と東京を中心とした各地で集会が開催されています。海をこよなく愛する女性サーファーたちも、「海や空を放射能で汚さないで!」と多くの人々の署名を集め、参議院議員会館で関係省庁の役人と討論したという話も聞いています。


 そんな時に、ネットでこのような詩篇を発見したのです。感動し、ぜひ多くの人々に見ていただきたくて、このコーナーに載せることにしました。そしてこの詩の作者に、この美しい詩篇を転載させてもらう許可を得ようとしたのですが、メールアドレスも記入されていないし、どのような人物が書いたと知る手がかりさえもなかった。「白鳥の村、六ヵ所」というタイトルと、芳賀清一(はが せいいち)という歪みのない美しい心を持った、現在の原子力行政に怒りと哀しみを抱いている方が書いたという以外のことはわからなかったのです。


 この詩に登場する六ヶ所村の尾鮫(おぶち)沼。白鳥のやって来る沼ですが、再処理工場の営業運転開始後、この沼からトリチウムという放射性物質が検出されたのだという。確実に汚染されているのである。再処理工場から海に向けての液体放射能の排出が繰り返しあり、トリチウムを含んだ海水が沼に流れ込んだらしいのだ。「仮に直接沼の水を飲んだとしても、健康にまったく影響がないくらいの低い値」と県は説明しているが、やがては沼の底に放射能が堆積していくのは必至である。年月を重ねるごとにますますそのレベルは高くなり、いずれ魚も渡り鳥も住めない死の沼と化していくに違いない。


 結果的に無断転用ということになりました。
それから、ずいぶん長い詩だったので、私の独断で途中、何ヵ所か削除させてもらいました。




                                            2010年11月16日