ホールボディカウンターの身代わり!



原子力安全保安院・浜岡事務所。 
 今年の初旬、浜岡原発でホールボディカウンター(以下、ホールボディ)の身代わりという問題が発生した。中部プラントの下請け業者として、「T」というカタカナ3文字の弱小会社が原発内に入っているが、昨年暮れに、この会社の派遣社員の1人が低賃金に嫌気が差して無断で姿をくらまし、その代役として同じ会社の別の派遣社員が強制的に受けさせられたのであった。 ホールボディとは、人体内の放射能汚染を測定する装置及び測定することを言います。原発内で働いている時に定期的に受けたり、退職や移動などの理由で原発から退所する時には必ず受けなければならないのだが、これを「T」という会社は本人がいないからという理由で、替え玉という方法を使って他人に受けさせたのだ。 


 これは明らかに違法行為だと確信を持っていた私は、今年3月の下旬に中部電力の広報課の人たちと話す機会があったので、その時にこのホールボディの身代わりの問題をぶっつけてみました。広報課の鈴木ケイスケ副長と、その他に木村君という30歳前後の社員が来てくれ、話し合いは私の住んでいるアパートの一室で行なわれました。私は、ホールボディの替え玉という不正を行なったTという会社に対して指導の必要はないのですか、中部電力として何かペナルティーを科すべきではないのですか、と訴えたのですが、鈴木副長は苦虫を噛み潰したような表情で無言を貫いていました。そのあと、逃亡した派遣社員の身代わりとして、ホールボディを強要された若者が解雇された問題にも触れたのですが、それに対しても彼らは無言でした。下請け業者の派遣社員の解雇問題など、彼らにとってどうでも良かったのでしょう。


 5月になって、私は静岡新聞社の記者の取材を受けた。その時に、ホールボディの身代わりのことを彼に話した。私は中部電力の広報課の対応に腹を立てていましたから、この不正を記事にしてもらいたいと訴えたのです。しかし、取材を受けた記者は慎重であった。その行為が、本当に違法だという確固たる証拠が欲しいというのである。それならと、6月に入ってから私は、原子力に関係する官公庁の関連組織や団体や研究施設に、片っ端からメールを送ることになった。10ヵ所近く送ったのではないかと思います。中には、まったく回答なしに送り返されることもあったのですが、「日本原子力学会」からはこのような返事をもらった。「ご連絡が遅くなり失礼いたしました。お問い合わせの件につきましては、原子力安全・保安院が窓口を設けておりますので、そちらにご相談されてはいかがでしょうか・・・・」確かに、原子力安全保安院は中立・公正な立場に立って、原子力施設の安全確認及び監視業務を行なっていると聞いたことがあります。いわば、原子力発電所のお目付け役です。


 私はさっそく、「原子力安全保安院・浜岡事務所」に手紙を送りました。その3日後に浜岡事務所の所長の橋本さんという人から私の自宅に電話があり、説明を受けることになった。彼は実に丁寧な物言いをしていたのですが、その言葉の端々に私の送った手紙に対して迷惑しているというか、困惑している態度がありありとうかがえました。そして結局、私の問いに対して原子力安全保安院の見解も回答らしきものも示されぬまま、「原発労働者のホールボディに関する問題は厚生労働省の管轄なので、そちらのほうで質問されたらいかがでしょうか。私どもの事務所は通産省関係なものですから・・・・」と突っぱねられたのでした。


 私としたら、当然納得できません。その数日後、「原子力安全保安院」内の「原子力施設安全情報申告調査委員会事務局」という、やたら長ったらしい調査団体に、浜岡原発で行なわれた「ホールボディの身代わり」に関する訴えを行なったのです。6月の下旬のことでした。調査委員会事務局の早川さんや上沢さんから何度も電話をいただきました。大橋さんという人物が調査チームのリーダーとなってくれ、本格的に調査が開始されました。これで浜岡原発内での不正が暴かれると期待していたのですが、調査結果は私の望んでいたものとは大きくかけ離れていたのでした。調査委員会事務局の報告はこうでした。「ホールボディを受けたものが退所時に、やむを得ない事情によりホールボディによる測定を受けられない場合には、当該者の作業内容や空気中放射性物質濃度から内部被ばくによる線量を評価することがあります」


 


 なるほど、ざっと目を通しただけでも正論らしきものが述べられているようです。それからこれは、「日本原子力研究開発機構」にネットで質問した時の回答とほとんど同じでした。不正を追求する方法はまだ他にもあるように思えたのですが、今回の件はこれで幕を引きたいと考えました。勝利とは言いがたい結果に終わってしまったのですが、間違いなく一石を投じることができた。それだけで充分だと納得しようとしたのです。それに、個人の力ではこの程度が限界であった。調査結果にある程度納得していた頃、1本の電話を受けた。原子力調査委員会のトップである畑野課長からの電話でした。  
御前崎市役所。安全保安院浜岡事務所はこの隣にある。


 彼はこう言った。
「中電から謝罪があるので、中電の人と会っていただけますか?」
「えっ、謝罪ですか?」
少し話が変わってきた。謝罪するということは、中電が非を認めたことになる。
「いま、謝罪と言いましたよね?ということは、中電が不正を認めたと受け取っても良いのでしょうか?」
「いや、謝罪というか何と言うか。とにかく、会いたいということでして・・・・」
電話の向こうで畑野課長は言葉をにごした。


 7月30日に、中電の社員と原子力防災センター1階にある「原子力安全保安院・浜岡事務所」で会うことになった。中部電力からは、ホールボディの責任者と総括広報グループ(広報課)の鈴木ケイスケ副長が出席すると聞いていた。ホールボディの担当部署である放射線安全課の責任者が来ることに対して何も問題はなかった。しかし、総括広報グループの人間には会いたくなかったので、総務の人か人事課の責任者クラスに出席してもらえるように頼んだ。ところが、なぜか原子力安全保安院・浜岡事務所の橋本所長は鈴木ケイスケをかばうような言い方をする。その時2人はかなり親しい間柄のような印象を受けたので、橋本所長のことをできるだけ詳しく調べることにした。その結果、橋本氏が原子力安全保安院に所属する前は、石川島播磨重工で働いていたことがわかった。その企業は原発と深く関わっている。現に浜岡原発でも、この会社が定期点検工事に携わっているのだ。


 そんな会社から横滑りに移動してきた人物が、究極の中立性と公正性を求められる原子力安全保安院事務所の所長をやっているのである。不正があるのではと疑われても仕方がないし、企業との癒着があるようだと見られても仕方ない。彼は九州の事務所を何ヵ所か転々としたあと、1年ほど前に所長として浜岡に赴任して来たとのことだった。過去に所長経験はなく、所長になったのは浜岡が最初であった。それから、この地の検査官事務所には6名が詰めているが、その中の2名が東芝系の会社から橋本所長同様に横滑りに移動して来ていた。彼らの以前の仕事というのが、やはり原発関連である。他の4名の前身はわからなかった。このような連中で、本当に原子力発電所の安全を監視できるのだろうか。


 30日の午後2時半、約束の時間に浜岡事務所に行くと、中部電力の社員2名はすでに到着して待っていた。中電側の参加者は、放射線安全管理課の鈴木課長と人事保険課の渡辺副長であった。話し合いの場を提供してくれた橋本所長が両者の間に立って進行係りを務めることになった。お互いの自己紹介のあと話し合いがもたれたのだが、話し合いに入る前に私は橋本所長に対して、「石川島播磨重工の社員だったそうですね」と言い、「そのような仕事をなさっていた方が、原子力安全保安院で働いていることに違和感を覚えるのですが・・・・」と調べたことを口にした。すると橋本氏はさっと顔色を変え、震える声で、「石川島播磨重工とはきっぱりと縁を切っています。会社を退職してこちらで働くようになったのですから、何も文句はないはずです」と言った。私は、原発関連で利益を得ている企業から横滑りで原子力安全保安院に入ったこと自体が問題だと言いたかったのだが、彼は前の会社は退職しているのだから問題ないという。会社は退職しても、縁故とか、腐れ縁とか、しがらみというものは永遠に続くものではないだろうか。


 橋本所長がムキになって弁明したあと本題に入った。ホールボディの身代わりの問題はすでに決着がついているので、その話を蒸し返そうとは考えていなかった。それを持ち出しても、中電側が頭を下げてそれで終わりになるだろうし、何より時間の無駄だった。だから私は、ホールボディの身代わりを強要された若者が解雇された問題を取り上げた。そこから攻めようとしたのだ。彼は会社の命じる通りに不正に手を貸したのに、なぜ首にされなければならなかったのかと訴えたのだ。私は説明の中で何度も、「不正に手を貸したのに・・・・」という文句を繰り返し口にした。原子力安全保安院の結論は出ていたが、身代わりは不正だとどこまでも信じ切っているこちら側の気持ちを示したかったのだ。


 もっと過激な言葉を発して相手を追い詰めることも考えていたが、できなかった。今回話し合いを行なった中電の2名はあまりにも人柄が良すぎ、そして真面目過ぎたのでした。しかしこちら側としても、言うだけのことは言わなければならない。私は人事保険課の渡辺副長に、Tという会社に対して二度とこのようなことがないように、しっかりした指導をお願いしますと言った。ところが、まだ40代の渡辺副長は目をしょぼつかせながら、「中電の立場として、それはできないのです」と呟いたのでした。「なぜ、できないのですか?中電がそんな態度だから、労働者を泣かせる業者が後を絶たないのですよ。確かに、逃げて行方をくらました労働者も責められるべきです。しかし、浜岡原発に入っている業者が働きにくい労働環境をつくっているのは間違いないですよ。それを中電は黙認している。あなただって、悪質な派遣業者がピンハネをしている実態をよく知っているでしょう?これらの問題を中電が表に立って是正していかないと、いつまで経っても解決しないですよ」


 そこまで喋ったところで、浜岡事務所の橋本所長が私の発言をさえぎった。そろそろ会見をお開きにしようと言うのだ。話し合いが長時間に及んだわけではない。まだ、始まって30分程度しか経過していなかった。原子力安全保安院のモットーは「中立」と「公正」であったが、明らかに彼は中電側の立場に立って発言している。私は橋本所長を無視し言葉を続けた。「今回のホールボディの替え玉事件にしたって、派遣労働者の賃金格差が原因で発生したのですから、いまのままで放置していたならまた同じ問題が発生しますよ。私が浜岡原発で働いていた時からホールボディの替え玉は囁かれていましたが、根本から治さなければ解決しない問題だと思います。再びこのような問題が起これば・・・・」


 ここで、再び所長が私の言葉を遮った。「もう、そろそろ・・・・」と言うのだ。再度所長を無視し、発言を続けた。「再びこのような問題が起これば、私は何度でも国に訴えを起こすつもりです。なぜ、浜岡原発で不正が多発するのかと・・・・」「わかりました。これから会社に帰って上司と相談しまして、今回の問題を引き起こした会社に対して厳しい指導を行なうことにします」「あくどい派遣会社を締め出すと約束してもらえませんか?」と私は言った。「そこまでは、ちょっとお約束はできません・・・・」と彼は苦しそうな息を吐いた。


 


 この「ホールボディの身代わり」問題は、以前は比較的に平然と行なわれていました。不正という自覚を持ちながらも、平然と・・・・。実は30年近く前に、私も会社に命じられてこの不正を行なったことがありました。私の所属していた会社は福岡県の北九州市にあり、住まいも北九州市にありました。逃走した臨時従業員のために、北九州から単身雪深い福井県敦賀半島の先端付近に位置する美浜原子力発電所まで行き、元請会社である日本建設工業の支持通りにホールボディの身代わりを行なったのです。このことは関西電力には秘密でした。日本建設工業の社員がホールボディを受ける場所までついてきてくれたのですが、彼の表情は戦場におもむく兵士のように強張っていました。職員に対して、逃走した作業員のIDカードを彼が渡した。そのIDカードの写真と私の顔は明らかに違っていたが何も問題なく終了し、そのあと私は日本建設工業の社員からわが社に対するかなり厳しい叱責をさんざん聞かされ、このことは内密にと繰り返し念を押されたあと北九州に帰ったのでした。


 だから、今回の身代わりが中部電力に内緒で行なわれていた、・・・・つまりTという会社とその元請である中部プラントの合意の元に行なわれた重大な法律違反だったと理解していたのですが、中部電力も知っていたということでした。いまとなってはどれが真実なのか確かめようがないし、それに原発のお目付け役である原子力安全保安院が合法だというお墨付きを与えたのだから、まだ釈然としないものが胸のうちに残っていてもこれで終わりにするしかなかった。このあと私は、話し合いの結果を待っている某新聞社の記者にメールでありのままを報告したのでした。


 浜岡原発5号機は、昨年8月11日に発生した駿河湾沖地震以来、停止しているから、1年を超えたことになる。中部電力としては1日も早く運転再開したいのだろうが、5号機の地下に地震動を増幅させる軟弱な地層があり、安全性を確保できないとして、「原子力安全保安院」が運転再開に反対していると聞いて嬉しくなった。あの安全保安院が頑張ってくれているのである。9月30日の時点で、中部電力が5号機の停止期間を延長するのは、今回で6度目ということだった。この文章を書いている時に、運転再開は12月末以降ということが決定していた。安全保安院が運転再開に対して頑な態度を示しているということは、浜岡事務所の橋本所長も頑張ってくれていることを意味している。あの頃は中部電力寄りの発言に終始していたので癒着を疑っていたが、いまは彼を疑う気持ちはすっかり吹き飛んでしまいました。どこまでも公正な立場で原発と向き合ってもらいたいと願っている。


 地震によって異常な揺れが発生した5号機は誰が考えても問題大ありなので、できることなら安全保安院だけでなく、県にも、中電いいなりの御前崎市にも頑張ってもらって、永遠に運転停止の処置を講じてもらえればと考えています。運転再開すれば、この5号機はいずれ大事故を引き起こすように思えてならないからである。おそらく、その地下にしっかりした岩盤などなく、中電はそれを知っていて5号機を建設したのでしょう。この魔の5号機を動かしたがために、亡国とならないように、私たちは力を合わせて訴えていかなければと考えています。




                                                2010年11月5日